mellowbrain’s blog

カウンセリングに通っています。ここには頭の中の整理を落としています。

教採の本とか買っちゃって勉強はじめちゃって(おそい)いやーんもうーしけんじごくー(おそすぎる)。
きょねんよくわかるシリーズ一冊やってるからまあね…教採ことしはじめてだもん…とかいういみわかんないりゆうをつけてあせらないようにしてる…。

教職教養これだけはやっとこう 2012年度版 (教員採用試験シリーズ)

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教員採用試験 特別支援学校学習指導要領らくらくマスター[2011年度版]

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そんなかんじで生協よったあとがっこうとびだして英国王のスピーチみにいきました。


sage!



やーないた。てかコリン・ファースが演技がんばってるから症状伝わってきて見てて胃というか横隔膜のあたりがひじょうに痛んだ(笑)。
ただもっと手とかバタバタしたり勢いつけようと体を揺らしたりしそうだなとおもった。こっちがなったわ。いたい。過呼吸になってるときの肺のかんじ。このかんじ吃音のない人にはわからないのだろうか。
なんか言い方的にじぶんだけはとくべつってニオイするからあんまり言いたくないけどわたしはかれのくるしみがわかる。わかりたくもなかったけど苦渋と挫折の涙の意味を知っている。もっといつも飄々としていたいのにひじょうにざんねんなことにわたしはぜんぜんにんげんくさくあってしまってくやしさとかざせつとかしってる。
映画館の座席は半分くらいが埋まっていたけどあの中の全員が吃音だということはないはずで、吃音がないひとはどんなきもちであれをみていたのだろうか。
ヨーク公が「言え!」といわれてもどうしても言えなくてくやしくて泣いたあのかんじはどんなふうに伝わってるんだろう。
なんで?となるのだろうか。五体満足のわたしが脳性麻痺の人の体の勝手に動いてしまう不随意運動の感覚がわからないのとにてるのかな。
しかしこれは世界の吃音者におおきな勇気を与えてくれる映画だった。めっさ希望もろたわ。だからだらだら感想書いてしまうわ。George the Stammer、偉大。かれにくらべればわたしの人生なんてちっさいもんだけど、でもわたしにもわたしなりのつきあいかたの歴史があって、ちいさいころからはなせなくてくやしくてなくなんて日常茶飯事であまりのくやしさと自分へのふがいなさでかべにあたまをうちつけたりうでをきったりつめでひふをはがしまくったりごはんをたべなくなったり、止まってたいきができるようになるからってたばこをすったりセックスにあけくれたりして、けどそんなふうになってるのってはずかしいからだれにもいわないけど、たったはなせないくらいでくだんないとおもうかもしんないけど、ひとりのにんげんがこんなふうになるもんなんだよ、追い詰められるもんなんだよ。たってるだけでめのまえまっくらになんだよ、まじで。そしてだれでもなる可能性はじゅうぶんにあるんだよ。
それでじぶんなりにあきらめて、できないんだもんじゃあしょうがないねってなきながらわらってちょっとずついきるほうこうへ軌道修正してきたんだよわたしのじんせいは。

とかゆってあーやだやだ!だからなんだよ。つまんないとおもうよわたしは。わたしのじんせいとかふりかえりたくねーわつまんねー!ぜんぶけせ!!