mellowbrain’s blog

カウンセリングに通っています。ここには頭の中の整理を落としています。

休みの日やらんといかんことはいっぱいあるけどひとりでいるのは全然苦。こんなに現場派になるなんてってくらいライブに行って、東京中低域も観れたし、スターパインズカフェでは歌い終わった戸川純がふつーにその辺の席で煙草吸いながらぼーっとしてる背中目の前で見れたし、殺人鬼フジコの衝動いけて新垣里沙の肩は細くて可愛かったし、ひなフェス誘ってもらえてカントリーガールズさんの今の雰囲気も知れた。ハロプロの現場、今一番ぶちあがってるの大器晩成かな?あれはやばい。モーニング娘。がわがまま気のまま愛のジョーク出したときくらい盛り上がってた。っっっってそういうの観に行くのはひとりで全然苦じゃないや。。って感じで、来月は!大槻ケンヂ戸川純もまさかすぎる谷山浩子がでるオールナイトライブチケ取れた!やった!6月は演劇2個くらい観れる予感。やばいな。楽しいな。最近いつも首を絞められている感覚で時々苦しくて喋れなくなる以外はすごく楽しいなぁ!

三月お誕生日、わたしは朝から餃子を作らんとして爪を割ったといったけれど本当はあの日の朝お風呂で剃刀がさつくりと音もなく爪の半分まで割り込んだのです。餃子は失敗して、ハンバーグも失敗して、料理全然上手くなんない。君が美味しいという料理はだいたいウェイパァさん。
本当は。本当は。

初めて行った友達の結婚式も三次会にまで流れ込めば知らないつまらん奴がいっぱいで、つまらんつまらん言ってるわたしがわたしをつまんなくしてんのは分かってるけどそうじゃないんだ。
疲れて帰って寝たら何かが悲しくて生まれたような気持ちで目が覚めた。
それで二日酔いでグレープフルーツジュース飲みながら目の前でカツレツランチ食べてる友達のおとといのパーティーの話聞いてバレンタイン企画?なんだそれしてる時カツレツとグレフルとフォークのカチャキチャいう音が核融合起こして


わたしは悟りました。


人が嫌いだ、人はクズだと思っちゃう気持ちをどこまで昇華できるか。エネルギーに変えられるか。円滑に生きるためにどれだけ活用できるか。合わせてないで自分で選ぶこと。確固たる自分の世界はよだれが出るほど魅了してきて楽しくて美しくてやりたいこと知りたいことだらけで忙しいので、リアなとこに居合わしてる人の暮らし方や楽しいと感じることと合わなくても、ぜんぜんひがみそねむ必要はなくて、むしろ自分の好きなことの輪郭が濃く見えるようになるから喜ばしさと痛みでいっぱいもっと会ってください。みなさんわたしと出会ってください。わたしがこんなに愛しく感じるものの良さに気づけない誰かの感性の乏しさや想像力の無さを悲しむにせよ、わたしはわたしの感性に自信もててきた、最近なんか。手放し走行みたいな気分。それは逃げるが勝ちとも言うけど何にって少なくともわたしのEmみたいな気分には勝てる。それでいいじゃんてかそこしかないじゃん。
戦略名人と同じ土俵に立たない。

12月にインフルなって人と音信途切れて毛布の中でうにうにしてたらいま死んだらわたし馬鹿みたいだなって脳がぱっくり理解した。いつまでも誰かに幻をもらってもいられないのだ。わたし可愛いウサギちゃんじゃないし。
それでつまらん夜はもうやめたというようにつまらん夜を徹底的にやめることに決めて、CD買ってライブ行って握手してギターを始めた。そしたらすぐ弾けるようになった。弾けるっつったって大したもん弾けんけどとりあえず2時間で今夜はブギーバックは弾けてFはフモッ!て鳴るけどなんとなく押さえられはして希望的感触。
で1ヶ月もせんうちに初心者向け曲レパートリー増えたしせーはのコツ掴めてきたしきゅるきゅるは簡単コードで弾き語りできて楽しくなる。いろんな好きな曲を再現できる。気持ちよくなる!最高だぜ〜。もう酔っぱらって自転車にでも乗りたいね〜。と音楽好き気取りつつつつ、別の夜踊る。比喩じゃなく物理的に踊る。肉体的に。フ〜!って。やってる。平日残業しててもその後ぜんぜん踊れるね。ライブ会場だろうとどっかのスタジオだろうと音に合わせて無心で踊るのは気持ちよくてほとんどイキそうになります。そうわたしの今年の目標はアドレナリンを出すこと。ドーパミン?どっちでもいいや。アドレナリ二ストだかドーパミ二ストだかになるのが今年の常胸であり宗教であり目標的信仰。悩む暇があれば行動してた方がやっぱ結果気持ちいいもんもらえる。読みたい本読むのも新しい音楽聴くのもどっか行くのもなんか書くのも気持ちいい。ってもう気持ちよさでしか行動してない。猿だね。
猿でした。

短歌が楽しい。

短歌の何が好きかと言われると、情景を切り取って一瞬でその瞬間に立たせるところです。このスピード感。そして、それでどうだと言うわけではなく、物語にオチを求めるわけではなく、でもその瞬間の風景や匂いや味や音や、それらに打ち当たっている感情をただ肯定しているところです。


それは短歌がより詠んでいる人間の陰を匂わせるからだと思う。まるで自分がその人の内側に忍び込んで、その目で見ているような感覚に、たった一行で連れていけるのが短歌。
現代短歌いい。

くだらない人生送ってんじゃねえ。人気にしてもてあそばれて満足した気になってんじゃねえ。みじめさで時間を無為にするんじゃねえ。価値。価値。絶対的価値がほしい。わたしは自分をつまらない女だと思っていてすぐに裏を読んでしまうけど、気付いた。
裏の裏は表にはならない。

人の愛情疑うと、うそうそほんとほんと!ってなってももうそれはなんか1回含んだ愛情にしか思えないじゃん。悲しくなるじゃん。で結局ほんとは最初からほんとの愛情だったりするんだよ。なにそれこれほど無為な脳味噌の活動内容ってあるか。ばかばかしい。

というわけで一人で旅に出ることにした。