人生全体を鑑みたときわたしは決してリア充側の人間ではないけど、ごりごりなリア充ソウルを持ち合わせていないのに生活自体を書き起こすとリア充っぽくなってお前リア充日記書いてんじゃねーよってなるその現実と心情の乖離がなんとなくいや。
現実と心情の乖離とか書いたけどようするに恥ずかしいリアルな生活垂れ流しライナウ

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前々日も前日も課外があってなんにも受験の準備できず前の晩に緊張と焦りで気持ち悪くなりながら眠り朝を迎えてなんとか会場へのりこみなんやかんやで試験おわって面接おわってお疲れ!っつって、その夕方にさっきまで横で面接待ってた人と電話でぐだぐだ1時間くらい「まじありえないわー、問題も例年の傾向に倣ってなさすぎだし面接もいじめすぎだし」「それは君だけでしょ、わたしそんないじめられてないよ」「なんなんそれ、結局一年の反省を言わせたいんかい」「反省するような一年だったからでしょw」「たしかに試験はごめんだったけど決して間違ってないわ」「その我の強さがねえ…いやいいと思うよ、君は間違ってない」「ねえー、ていうかここにきてこの貪欲な受かりたさ!」とかぎゃあぎゃあひとしきり騒いだあとまあ終わったしいっか、もう考えない考えないって終結して明日は運転よろしく頼むわっつって電話をきったあと、わたしは駅前にチャリで向かって待ち合わせた研究室の異色メンとヲタカラへ行く。ぜんぜんコミュニティ違うけど誘われたから行く。夜中すぎまで気持ち悪い曲をいっぱい入れてひたすら歌う。こんなことできるの学部の気持ち悪い友達といたころで終わったわーーと思ってたからわたしはなんだか変な気持ちになる。

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その夜帰って次の朝になってわたしはひさびさに電車にのり遠くの駅で待ち合わせた同じクラスの友達総勢10人オーバーと車に乗り込み青空の下レンタカーをびゅんびゅん飛ばしてもらう。向かうは草津。思い出の草津。キモメンとかつて行った草津
アカデミックしりとりとかしてる間に草津について、ホテルのお風呂がきもちよすぎて、ご飯もおいしくて豪華ですごいーーとおもって、部屋でわやわやしてまたお風呂入ったりしてた。
草津の思い出は夜中にやった殺人ゲーム。これ。
巷では人狼とかウインクキラーとかに類似するゲーム。
これが死ぬほど怖くて死ぬほど面白かった。死ぬほどっていうか死ぬんだけど。
第1夜、第2夜とゲームが展開してくんだけど、犯人を捕まえないと毎晩誰かが死ぬ。
こんなスリル10年ぶりくらいに感じた、死ぬのこわいって心の底から思った。
わたしはひたすらパニックおこす市民役やってましたが。
ルールはこのへんに近い。
まあゲームはいいとして、この年になってもはや集団での楽しさとかわたしむりぽですヨネって諦めてた自分がこんないて楽しいと思える集団に出会えたってすごくありがたいことだなあっておもってた。このへんリア充くさくてやだー、次々

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東京事変のラストライブいきました。新宿の映画館同時上映の。
セトリとかはもう挙がってるんで特筆しないけど、あれだった、男性陣のアイスクリームの歌の時泣いた。あとわっちが「さいごだぞー!」っていったときと、刃田さんがドラム叩きながらずっと会場見ててにこにこしてるの見たとき泣いた。

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今日は朝から課外の総まとめ会いった。
課外の最終日のあとすぐ受験で、わたわたして今日まで全然振り返れてなかったんだけど、思い出してみたらすっごく子どもががんばってて活動中いっぱい涙腺崩壊しかけた日だった。奇跡がたくさん起きていつも以上の力を発揮してて、そんな子どもみて、この一年で果たしてわたしに何かお手伝いできたのかなって思った。
そして保護者の方。わたしができることなんて、いちばんこどものそばに寄り添い続けてる保護者の方なんてもうよくわかってることで、そんなベテランの教育者に昨日今日子ども見はじめたわたしなんかが何を言えるんだろうっていう葛藤を抱えながら、毎回活動の報告とかをしてきた。
けど、保護者の方が最後の記録に「--さんが毎回丁寧に活動の報告をしてくださって、子どもをよく見て子どもの特性に合ったやり方で進めてくださって、とっても満足でした。もっと頻度多くしていただきたいくらい。子どもはこの一年で大いに変化が見られました」って書かれていて、有難くて有難くて、あれは本当に涙がたまった。がんばってきてよかったって思った。辛いこといっぱいあったけど、課外は辛いことしかなかったけど、結局その子の人生においてなんのお手伝いが出来たかわからないけど、でも途中でやめないでよかった。

今ははやく次に自分が研究すべきことを定めてその情報収集をはじめたい。次なに勉強しよう。