まだ一緒にいられる

昨日今日とおばあちゃんのお見舞いに行っています。
icuにいるのですが、おじいちゃんの時と違って手袋も給食着みたいな服や帽子マスクも付けないで入っていけるので不思議です。
昨日会いに行ったときには思ったより顔色も良くて、小康状態に戻っていた。色んな人が遠くからも会いに来てるから、それがわかったのかな、と思った。
夕べの明け方に容態が急変したらしく今朝叩き起こされて病院に行った。
人工呼吸器と人工透析の管が体からたくさん伸びていて、20回のうちの10回は呼吸器が呼吸を行っている。
顔がむくんで、昨日最初に会ったときと、今日の朝会ったときと、昼、夕方と時間が経つほどに顔が大きくなっていっている。尿毒症のせい。おしっこが自分で出せないので透析を付けたけれど、あまり効いていないので、今朝外した。
意識はないけれど、息が浅くて苦しそうで、ときどき深く吸い込んで眉間にしわを寄せたりする。苦しいことはちゃんと分かっていて、唾液を取るときなんかはいやだいやだをするらしい。そのときのくしゃっとした顔は、お正月のころのおばあちゃんの顔に戻る。
苦しそうで、どうして死ぬのに苦しまなければいけないのかな、と思う。もういいじゃないの。ロードレースを走った後の、肺いっぱい酸素吸いたいのに息が上がって吸いづらい苦しさが、はぁはぁ、続いているように見える。それを見るのがつらい。でも一番つらいのは本人だ。
おばあちゃんの手を撫でたり、頭を撫でたりしている。ちょっとでも痛みが和らがないかな。足の指をむにゃむにゃ開いたりして足先が寒そうなのでさすったりする。この手で毎日何人分ものご飯作ったんだなあ。耳、福耳だなあ。若い頃陸上をやっていて強かったという足、今は壊死し始めてる。そういうことを思ったら涙がこぼれそうになった。親戚がいっぱい来ていて、おばあちゃんの子供であるお父さん兄弟の方がきっとほんとは泣きたくてしょうがないのに、わたしが泣いてちゃだめだと我慢した。けどどうしても一粒二粒こぼれてしまう。
待合室ではみんな談笑している。こんなことでもないとみんな集まったりできないから、往年喧嘩している父の兄弟たちが仲直りすればいいのに、と私は思っている。すぐそばにお母さんがいるんだよ。
わたしはおばあちゃんに対して、たくさんいる孫のうちの目立たない一人なのでいつも名前とか何年生とか忘れられてたからか、そこまで近しくしていなかったせいか、おばあちゃん、という名のお知り合いのような気がしていた。でも、昨日今日とおばあちゃんの手をさすりながら人工呼吸器の取り付けられた半開きの口元やその表情や肌蹴た鎖骨の下あたりの肌を見ていて、わたしのこの体や脳味噌にはこの人の血液が通っているんだ、ということを突然実感した。目の前のこの人が、ずっと昔のある日やったなんでもないセックスがあったからわたしは生まれた。あの日のそれがなければわたしに命なんてなくどこにも存在してなかった。おばあちゃんは今どんな夢を見ているんだろう。それがまだおじいちゃんが生きていて兄弟みんなで暮らしてた楽しいときのことならいいなとおもう。