理想はいいかげん

あたしが物分かりのいいふりをするのは、まどろっこしい奴だと思われたくないから。

ランドセルしょってた頃から、例えば忘れ物が心配で毎朝吐きそうだったりとか、ガキのくせに礼儀作法がすごく気になったりとか、そういう面倒くさいことに足を取られている子供だった。
誰かが悪いことをしたら、その分のいいことをして、
先生がどうかクラスに愛想を尽かさないようにバランスを取ることを考えていた。
友達や大人が機嫌を悪くするのが怖くて、失望させないためならあたしは尻拭いでもいいよって思っていた。
「気が利くね」とか「優しいね」とか言われると、
一層、あたしがやらなきゃと思った。
細かい所で補うことに妙なやりがいも感じたりしていた。
まだ、世の中は大量生産じゃなくて、ひとりひとりが主人公だと思っていた。

でもずっと、いいかげんな性格に憧れていた。
まどろっこしいのはきらい。
本当は、物事に無頓着で、おおざっぱであることがあたしの理想だ。

悩んだってちまちまとしか進めんし、もうイライラがひどくて、捨てる捨てる捨てる。
人の気持ちとか、ハカリゴトとか、
心配していたいろんな物事に気を回すのにいい加減飽きた。
切り捨てるのが上手くなった。
そしたら面白いくらいに、物の扱いも手荒になった。
お皿とか洗うたびに割りそうになる。
それがあんまりひどいので、よく怒られる。
自分でも粗暴だなと思う。

ところが、最近几帳面に戻りたくなってきた。
細かい作業がしたい。
デッサンしていると、もっと丁寧にならなきゃってかんじがする。
あたしはまどろっこしさを隠したくてわざと粗暴になったけど、
線からはみ出さないように細かくするのとおんなじように。
いっこでいいから丁寧になれたらいいな。
ってそう思うので、
丁寧になる練習を積みたいと思います。
気を付ければ、掃除も洗濯も洗い物も何だって練習になる。
そうしてじわじわとこの気の短さを正さねば。