筑波になんて来たくなかった

好きな人と2人筑波山に登ったのはもう数年前のことで、あの時は山登りが楽しかった。それから数年経って2017年SUMMER、わたしは研修を受けに再びこの街に1人舞い降りる。かつて歩いたこのバスターミナル、このクレオスクエアのmont-bellにColumbiaに疲れて入ったサイゼリヤ、全部昨日のことのようなのに、実際に目にして足で踏んでも、あのバスターミナルもmont-bellもColumbiaもサイゼリヤも、全部別の世界線に飛んで行ってしまって、やはりどこにもない。君は消えた。わたしは弱り、強くなり、尖って、また突き刺すように暮らし始めてからは、おろし立ての鉛筆みたいにずっとちゃんと尖っている。
時々ふと、なんかこのかんじ単音のメロディみたいだなと思うことがあって、ピアノを人差し指1本で弾いてるみたいな、和音のない曲みたいに、本当はなんだかずっと心許ないって気付くと、ワッと涙が出る。でもそれも、そんな感じがするだけで、本当に涙が出るわけじゃない。
わたしの知ってる人たちはみんなほんとにこの世界にいるのかな。騎士団長殺しを読んでいる。意味のわからない、想像上の人物が出てくるこの本は、「みんなほんとにこの世界にいるんだよ」と言っている。
研修は面白くて、やはり勉強するのは大切だなと気付かされる。固定概念を崩す必要があるとのこと。

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