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誰も彼もが人間すぎて、そして私たちの話す言語は自我の語るプライドばかりで、比べる以外に手段がなくなりがち。自信がないから人の良いところに嫉妬して自分にも良いところがあると思い出したくて好きなことを語ると相手も嫉妬してdisるこの小ささの連鎖。なんでみんな自分のことしか話さないんだ。
なんて小さいんだ。でも別の人に逃げたってきっとその人も人間だから、なにもかも受け入れられそうな気がしないんだよ。
というわたしもお米くらいちっちゃい。可愛いくらい小っちゃい。
こんなに苦しんでいるのにまだ苦しむことを求めてくる人生♡というものは、もうすっかり空になるくらい、わたしから何もかも奪いつくそうとしているのに違いないと判り、それならばそのあらがえない流れに身を任せようと、わたしを苦しませている自我もプライドからもぜんぶ手を離すことに決めて、すっかり、求められるとおりにわたしは、丸腰です。
自然に生きているだけで固まってくる癖が性格と呼ばれるもので、そこに個性があるはずで、それは傷付かないでそれなりの幸せな大人の人になるためにわたしの細胞たちが必死で編み出してきた戦術のはずだったけど、そんなものはもう必要ないんです。
手に入れたらいつか失う。大切に思えば思うものほどそれはいつか失う。かろうじて積み上げた自信は崩壊する。失わないものなんてない。それ、十代のわたしが初めてこの世の中に見い出した真実で、何を失っても絶対に離したくないものをまだ手放せることを知って誰といても結局は一人なんだと判った。
それから大人になって、そういう悲しい子供の考え方からも卒業することにしてやり直して、わたしはちゃんと心が一人じゃなくなりたいし、みんなみたいに人と仲良い楽しい人生にしたいし、誰かに理解されて誰かを理解して思ったことを正直に言いたいんだって思って少しずつ変わったつもりだったけど、この世の真実は気付かなかったけどずっとそこにいたみたいでニコニコしているし、変わらずわたしを追いかけてきて、すごい。はじめて「変わったね」って言われたし確かにわたしは変わった。そのはずなのにそれでもわたしはまだまだ自我を失うことができるし、なんとか傷付かまいと固めてきたプライドもじゃんじゃん捨てられて、わたしはそうやって変わる機会をたくさんもらえてる人生なんだなぁーーと、勝手にわたしの人生さんのタグ見つけちゃって、傷付くきもちよさで神様と仲直りできそう。