痛みについて

月の落ち込みで三つのことをかんがえた


●痛みと実存

身体の痛みって思想に如実に反映されるじゃないですか
で、なんかさいきん体弱くて、旅行の間に死にかけたのとか不順の生理とか、痛ってえ!!ていうのにたえながら、痛みと実存、、、とかおもった

でも実存にもジェンダーにも詳しくないし分からない、
ぼんやり考えた痛みと女性性について


●生理
男の人はどうおもってるか知らないけどスーパーウルトラ痛いのよ
・のみたくない鎮痛剤のまないと白目むきそう
・ぜんぜん休めないのに休まざるをえないので予定狂う
・謎に落ち込む
・いつくるか分からないコントロール不能☆
・しばらく続く



●痛みは暴力である

通常の痛み(信賞必罰)と生理の痛み(授かりもの、恩恵)という考え方

たとえば風邪を引いて熱が出て関節が痛い、頭ものども痛い・・・ってなったら
ああ風邪を引く暮らしをしてしまった罰だなあ自分が悪いなあと思うじゃん
痛みは感覚的に負なんだから、罰と捉えて納得させることが自然だとおもう

しかし生理の場合は「痛いけどいつか赤ちゃんを産んだときに『今まで耐えてよかった』って思うから」とか
「女性には痛みを補ってあまりある喜びが与えてもらえてるんだから」とかいって
痛み=ありがたいこと になってると思うんだよね
わたしも不順が激しくて治療したりしているから、ちゃんと来たときは痛いよりありがたいが勝ってたんだけど
でも今回はあまりにも痛すぎておいちょっと待てよってなった
痛みがありがたいとか何?
ふざけんなよいてーよ!忙しいのに何もできないよ!わたしがなにしたんだよ!
いつの間にか痛みが恩恵という捉え方にすり変えられてる
これ文化的な操作だろ

28日中のだいたい7日、さらにその前後の少なくとも7日程度、合計14日はその痛みの予兆や実際の痛みに生活を支配されてしまう
女性に自分のペースなど存在しないのだ
そしてそれを10歳程度から否応なく与えられている
肉体的に軽くはない痛みと、それによって予定を狂わされる不条理、いつ来るのかという心理的な不安、
それらを「受け入れなさい」と背負わされる
そしてそれを「ありがたいことなのだから」と文化的に正当化される
暴力を正当化されることを受け入れざるを得ない
それが女性だ
そしてこういったことを無意識下で経験的に学ばされることで、女性の女性性が少しずつ培われて
だんだん女になっていく
それって弱者だと感じたんだよ、なんか、
べつにこれ思っただけでだからどうとかないけど
そして子どもを産んだりしたらまた考えが変わるんでしょ、そんなことは分かってる
でも何に関してもそのときの辛さや痛みは一つの真実であって
それを簡単に風化させてはいけないと思うんだよ
だから幼かろうと青かろうと残すことは大事だ、人間事実しか生きてない


男の人の体になったことないからわかんないけどそういうのってないのかな、男性の男性性って内的にはどんなふうに培われるんだろう