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卒業式お疲れ様会やって一次会だー、でちょっと人が減ってでもまだまだ人残ってて二次会だー、で終電なくなる帰るぞー、でもわたしなど横の駅だから結局最後まで残ってて、で、だんだん人が減ってくんですよ、バイバイ、また会おう!仕事がんばれよ!お前もなんかあったら連絡しろよ!って、なんかこうそれ見ててすごいつらくなった。だってねこれからみんな---の仕事場で、いろんな場所に散っていくのよ、きついことも耐えられないと思うこともきっとある、というか絶対ある、体力的にもさ…、同じ職だからこそ、そのきつさや辛さや難しさも分かって、、きっとすごい悩む。夢見てた仕事なのに辞めたりする。それでも今はこんな笑って楽しくて、大学出てから選んだ数奇な場所でみんなと巡り合えて楽しかったって思ったりしてて、なんだか、なんかもう、戦場に出ていくこどもたちを見送ってる気分になった。
同じゼミに女の子もう一人しかいなかったんだけど、その子が駅で「じゃあね、」ってゆったときなんだか涙がぽろぽろこぼれて泣いた、朝から晩まで、むしろ晩から朝まで論文やって課外やって、ゼミでつらいことたくさん乗り越えてきたよね、でももうそういう時間は終わってわたしたちはもういっしょに論文泊まり込みとか課外の愚痴言い合ったりとかすることないっておもったらすごい涙でてきた。
ふつーにふつーのセンチメンタルしちゃった。やばいよ、胴上げとかしちゃったり駅で別れがたくて騒いでる青春謳歌してます風な大学生DQNとかゆってばかにして嫌いだったけど青春ていうのはやりたくなくてもするっとそっち側に連れて行くからすげえよ。



二回目の大学卒業だった。けれど去年の卒業式は地震の余震を危惧して中止になったので、実質ははじめての大学の卒業式だ。

同じ大学の学び舎で過ごした同級生たちとの別れがこんなにも切ないものだとは思わなかった。
学校の校風にもよるけど、わたしの今行ってた大学は学部を出た方の大学とは違い、専門の内容からしてチーム協力型で、毎日毎日顔を突き合わせてああでもないこうでもないとひとつの物事に取り組んでいく密着度の高い場で、加えてもともと人数自体が少ないコミュニティなので、否応なくこう仲間感みたいなのが強い。


わたしは実はまだ大学残る。また4月から入学して1年学校いく、勉強したくて。
でもでもでもそれはすごいさ、たしかに勉強したいけど社会出るのこわいからなのもある気がする、てかあるの分かってる。
でもこんな近しく毎日顔つき合わせてて4月に学校いってもまたそこにいて集合どこだっけ?とかゆってそうな人たちは、もう先に向こういってんだよ。それってなんか、ただ世の中怖がって取り残されてるだけだ。なんか今日はっと気づいた。
わたしも社会出なきゃ、自分のために、家のために、いつまでも怖がってないでいつかは出なきゃいけないんだ。
なんの仕事だってきつい。けどわたし就活だってやってないから社会の仕事のことなんもわかんない。進学ばっかり考えて生きてきた。いつかは---の職つきたいけど、そうなるときは自分でもよしこれだけ勉強して準備したから仕事できるぞって自信が自然についてる頃だとおもってた。
でも違うんだな。自分で変わんなきゃいけないんだな。