読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

最近は、言葉を想起しない練習をしている。
あるものだけを見る。
言葉にした瞬間に概念が生まれて、
形をもってしまうから、
形而上というか、内面にある、感情になる前のもやもやした状態に気づきながら、それを形にせずそのまま受けとめる練習をしている。
クラシックを聴いているような状態。言葉を使わない感情の理解。
世界に本来言葉はなかった。
言葉のない世界で、自分の感情を自分で理解できるのだろうか。
言葉に救われてきた。言葉は思想を生むから。
言葉も道具のひとつであって、その操作のレベルだと人間は動物とおなじだけど、
でも同じ道具でも言葉という道具を使うのは動物とは決定的に違うんだ

左脳の言語野を大きく損傷すると高次脳機能障害の全失語という症状になることがある
これは失語症の中でも重く、言葉の表出(話す、書く)ができず、さらに言葉の理解(聞く、読む)も難しい
知的障害とは全く異なる、つまり認知的な問題はないはずの状態にもかかわらず、
「お名前は?」
「ん」
「今日はいい天気ですね」
「ん」
とおそらく聞かれていることも理解できていない
命から言葉が消える
しかし質問されたときに「答える」という姿勢は残っている、そのことに感動する
人間すごい
言葉の手がかりなしに自分の生きる世界を把握することができるのだろうか
言葉なしに自分を保てるのか
全失語の患者さんは計り知れない苦しみの中にいながらものすごく哲学的な存在のあり方をしているのかもしれない