わかった、これが心にぽっかりと穴が、だ

論文を書いたりとか、レポートで意見を書いたりとか、テストのあとに今日書いた文章はうまくいったなとか、いろいろ文章をかくけれど、最近は自分の書く文章なんてしょうがないくらい稚拙だなとおもって反吐がでる。


お前の意見を言えと、哲学科のときはずっとそれを突き付けられていた。
だから自分の意見を持つこと、これがわたしの見解でありゆずれない立場です、というのを表明し、そう断言できるだけの確たる裏付けを揃えるためにどれだけ学んでおくかが大切だった。他とは何が違うのか、他ではなぜいけないのか、自分の立場の妥当性とその根拠をきちんと示すこと。
人に叩かれても折れない芯を自分の意見に持つことが大切で、それはきっと生きていく上で必要ななにかの練習になっているのだろうし、それはそれでいいことだ。
たくさん断言する練習をしてきた。曖昧なのは嫌いだ。自分の意見がないのは無様だ。極論であれ、そこに信念があるかが重要だ。
「〜だと思う」「〜ではないだろうか」じゃだめなんだ。
だけどそれでは一方でかたくなで頑固な頭を作っているだけかもしれない。今まで信じてきたものは何だったんだろう。結局自分が幼いことしかわからない。
これだけ進学して、いったい何を学べたというのか。
つまりだ、自分のすごさは自分にしか見えず自己満にすぎなくて、他から見たら結局どんぐりの背比べなんだよ。もっともっと他者を受け入れて、精神的に学んでいかないとだめなんだ
でもそれがつらいんだ!慣れたい!荒波に!