読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夜中に未来日記みてCMに入るストライクウィッチーズの劇場版映像とかみてるとあー、て安心する。こんなだったよねっておもう、懐かしい。こういうところにいたよね。なんかいろいろくらしはかわってっちゃうけど、アニメが与えるものは変わらないからすきだ
未来日記超おもしろいんだけど、2期に入ってOP変わったのだけまじで惜しい。前のに戻してくれ。空想メソロギヰよすぎ!よすぎて妖精帝國調子のってるわーとか超煽ってた。あの宗教音楽っぽいイントロ高まる、騒々しさと焦燥感と狂気!


アニメつながりで未だにコナンおもしろい。今年最初のコナンの前後半2部になってたやつ、あのあゆみちゃんのマンションの。カルタ取り危機一髪か、あれは推理小説ファンとしてこれは小説にして文字で読みたいと思うほど見ごたえがあった。本当に面白かった。
地味にネタバレすると今年初放送なのにコナンが風邪ひいて出ないっていう設定もよかったし、子どもが必死で出す暗号も出し方が面白かったし、かるたで取る言葉がメッセージになっているっていうのがなんかすげーよかった。近作だとホームズの黙示録シリーズとこれがよかったなー。黙示録のはロンドンでいった場所ばかりだったから懐かしみがよかった。最後のオチはねーよwって姉と思う存分disりました


話は変わるけど研究してる中でべてるの家という精神障害当事者の活動場所を少し調べ、わたしがちょろっと書いたぐらいだと内容に齟齬が生まれそうなのであまり詳しく書かないけどここでは「はたらけなくても、まあいっか!」「人とうまくかかわれなくてもまあいっか!」みたいな意識を基盤にしているようで、このことば見て、ああそうだったよねってすごくおもった。何かを思い出したようなきもちになった。そうなんだよ、なんかこうぜんぶがだめでうわーーーもうおしまいだーーーみたいなきもちのときにそれでも大丈夫って思いながらなんとか乗り越えた夜がいくつもあったきがする、それを思い出した。がっこういけなくてもしにそうでもぜんぶだめにしちゃってもいきてるだけで十分がんばってる、っていうそういうところからわたしはきたってことをなんだか思い出した。
べてるの家では非援助論なるものを基盤にしていて(上述の通り詳細は触れませんが)、それに対してわたしなどは今思いっきり援助をやってるわけで、この違いってどうなんだろうってちょっと思ったけど、それは精神障害とそうではない障害という種別で違いがあるわけだから、その段階でそりゃその人が必要としていることは違うわな、と思い直しました。

あと大好きな田口ランディさんがここの方々と対談をしていてなんだかうれしくなった。みんな人生壮絶。
http://bethel-net.jp/randymujun.html


以下は暗い頭の中の整理なので誰も読まれませんように

ゆうべ昔好きだった人の夢みた。なんかバイクのって喫茶店でお茶飲んでたら性的サービスを強要されて困惑した。
くらしはどんどん変わっていって、昔と今とじゃ悩んでることもちがうけど、どっちもわたしで、成長してるのか止まったままなのかわかりません
わたしは見た目からなのかおっとりしていると思われがちだけど、あなたはこのうちの中でいちばんおっとりしているように見えて実はいちばんせっかちなのよっていう母の言葉はそうだよなあと思う。
怒られたら悲しくなっちゃうしくやしくなっちゃってすごい不快で自分がそうなるの分かってるから怒られるの恐くて怒られないように先手をとって暮らしてるけどあの活動では最初からよくわからないままに多くを期待され翻弄されめちゃくちゃ怒られてずたずたにプライドへし折られたからもう条件反射的に怖いんだろうな、
そう思ったらそら自己防衛もするわな
プライドなんて意識しても全然わからないんだけどもしかしたらそういうのがあんのかも、どうせたいしたもんでもないくせに変なプライドがあるから怒られるの不快なんかも
あとわたしは自分の中で計画して遂行するのがわりかし得意だからそれを邪魔されたり他人と関わる上で計画通りにいかないといらいらすんのもよくない
いこうとしている道に向いてないなって思うのもそのへんが一番問題
自分と他人が同じペースだなんて思っちゃいけなくて、この世界には一般よりもそれが尚更大事なんだよ
こういうの直してかなきゃどの世界だって難しいんでしょう、でも腹が立つものは腹が立つし怖いものは怖いです
ぜんぜん素直になれません
なんで他人は簡単にうまくいくんだろう?なんでポーっとしててどうしよう〜まあいっか〜みたいな人のほうがずっとうまくいってんだろう?
そんなことは分かってるけど変わるのむつかしい
こういう自分の固さとか妙な芯がいやだ、ぜんぶ捨てれるようにならないといけないのに
でもやっぱ嫌いな人に屈するのはいやだ!
人の批判は簡単に受け入れられない!
なんで批判浴びなきゃなんないの!なんでまだ仕事ついてもないのにこのへんで苦痛を感じないといけないの!毎回毎回泣いて帰っちゃうんだよ!泣くとかばかみたいなのにほんとにぽろぽろ泣いて言葉でないくらい心がへし折れて自己肯定感マイナスんなってもういなくなりたいとか思ってんだよ!!
っていういらいらがつのってあーぜったいこの活動始めてから躁鬱強くなったなああっておもいます
あーすきなひとに会いたい、自己が抑圧されすぎている
抑圧された自己を発散するために家でアルコールをくらいましたがそんなことはどうでもよく満たされたいです
安定しているときの自分が思い出せなくなるし幸せな人がうらやましくなる
こういう現場での失敗感とそれに対照的な研究における自己肯定感の強さというコントラストの差によってどんどん自分はおかしいのではないかという強迫感が強まる一方
昔はこんなではなかったのに
自分がおかしいだなんていうやつは大抵ふつうだからそんな自分への特別視を何よりも嫌っていたのに、もはや現状ではそういった嫌悪を超えるくらいに困っているということなのか


なんかねでも今自分が人に教えてる社会的スキル訓練というものをわたしもやった方がいいんだなっておもってうまくいかないときはそれをやるように努力してこうっておもいました
こう言われたら(自分がどう感じようとそれはひとまず置いといて)こう返答する、こういう雰囲気で話す、というのを機械的に決めちゃうというのも十分に円滑なコミュニケーションをとるのに有効なのだ
たとえば相手がなんか怒っていたら、心配そうな顔をして顔を向け、目を合わせるのが苦手であれば眉間あたりを見、時々肯きながら話をきき、自分に落ち度があったらその点について謝り、しかし自分を責めすぎない程度で感情を止め、自分だめだ・・・と鬱思考になるのを避けるために「自分だけが悪いのではない」「偶然の不幸な重なり合い」という風に考え方を変え、希望的な気分で今後の方針を立てる
などこういうのをなんの感情もなく淡々と行えばそれだけで十分に対人うまくいくというものだ
悲しくなりすぎて生活に支障がでる人間はこれくらいの淡々さを身に付けないと体がもたない