たぶんわたしはじぶんで思ってる何十倍にも馬鹿にされるのが嫌いっていうかじぶんがじぶんにばかにされるのに耐えられなくてだからひつようなことについてはめっちゃやる。とことんやる。根詰めて根詰めて追い込んで追い込んで精神状態ぎりぎりのところまでやる。そうしないと不安。プライドはあんまないけどじぶんにたいする水準がきっとものすごく高い。べつに国語算数とかできなくてぜんぜんいいけどこれやろうってものにたいしてできてないとすっごく自己肯定感が下がる。死んだほうがマシになる。そういう人間。だから今回のことだって何日もかけて何度も何度も確認して訂正してやりこんで準備してって、きのうだって同僚のいみわかんないねんぱいの人のいみわかんない言動にぶちきれそうになりながらそれでも声色をかえずに返答することができたじぶんをほんとにおとなになったねって抱きしめてあげたいとかんじつつあたまの血管切れながら帰り23時すぎに最後の買出しやって、夜中にワードで力作な教材つくって、んでいったら、このありさまですよ。事件だらけではちゃめちゃですよ。やってっていわれたから一生懸命に命かけてやったら別のひとからやんないでっていわれたりべつにあせってないのにあせんないでとかいわれて、もうなにしていいのかわかんない。いみわかんない。わたしまちがってなかった。なのににらまれるしわたしひとりがいけないひと?ちがうよねえ?あの涙は混乱の涙だった。くやしいとかはらたつとかもうとっくの昔にとおりこしてまわりのいみのわからなさとなぜちゃんとやってるじぶんがこういう状況にあるのかさっぱりわからなくて完全に混乱してた。あたまに???がいっぱいつきながら号泣してた。けどあのとき公然でせきをきってふきだした大量の涙は今日まで鬱積した不満と不安と焦燥のかたちで、いつもためこんでためこんで人にきづかれないところでよくないかたちで爆発してたネガティブ行動が日のもとに出せるようになったっていうのはおおきなしんぽでもあるとおもった、でないとわたしたがが外れるとなんでもやりかねないことをしってるから、だからこれはいいことでもあって、ひとめにはけっしてそうはみえなくても。どうだっていいんだよべつにそんなの。わたしのいままでなんてだれもしらないよ。ぽたぽたなきながらさぎょうした。おとなとしてありえないぐらいないていきがつまってしゃべれないようちえんせいみたいな泣きかただったけど泣き言いってる場合じゃなくて、こどもがくるまでになきやんでもとにもどらないといけないっておもいつつもいっかい涙腺ゆるんだらとめれなくてぽたぽたこぼしながらさぎょうつづけてた。
しかしりんしょうしんりしにおおいあのタイプ、相手の目をじっとみつめながらまずは話終わるまで「カウンセリングマインド」みたいな顔して微笑み浮かべつつじいっとただ聞いて、いまこうかんがえてるだろうなあここがふあんなんだろうなあとか想像してわかったようなきになってさいごのさいごに「だいじょうぶだよ、でもこうでしょ?」みたいな、そういうたいどすっごいにがて!!そんなんわかってるわ!ってなる!あの見透かした目!!ただでさえわかったようなきになられるのがにがてなのにほんとはらたってしまう!いけないんだけど!でもこういうにんげんせいはけしてまちがってなくてむしろただしくて、そういうたいどをみにつけなくちゃいけなくてー、わたしのいこうとしてるところは。けどそれがにがてって、あれ、わたしもしかして向いてない?いまさらだけど素質ない?夢だけ追ってきちゃった系?いやだーはずかしい。なんかもうどんどんじしんなくなってくる。やればやるほどできなさしか感じないしいやになってくる。こどもすきだしこどもとあそんだりするのとくいなほうだったけどもう今じゃ触れるのがこわい。こどもと接しようとするとあのひとから「ちがう」って怒られるのが条件付けになっちゃってて身体が金縛りにあったみたいに動かなくなる。こわい。特別なこんなんをもってきたこたちとのふれあいにかんしてだけど・・・。むつかしすぎる。こわいよーもうやだー。わたしりんしょーひとりだからつらさが増すのもあるのかな。きついとこだし。「りんしょーたいへんだけどたのしいよね!」とかキャッキャゆってでかけてく別所属の子たちみると今はわらえる。たいへんってレベルじゃねーよ。でももうやだーって口に出すことでなんとか感情を調節してて本心ではもっとがんばらなきゃって思ってたりして、や、つらいからめっちゃ嫌だけどばかみたいにまじめでこうじょうしんだけはあって、それが扱いに困る。むかつく。できてないくせに。つらいくせに。結局のところで折れない自分の芯がいや。こんなのかっこよくなんか全くない。もっとやんなきゃやんなきゃやんなきゃやんなきゃやんなきゃやんなきゃってじぶんおいこむだけ。やってないと不安だからとにかくやんなきゃってきもちがどんどんふくれてかれかれになるまでおいこんできづいたらすっごくかなしくなってたりする。それであるひ突然ぽっきり折れる。つーかあたまがかたい。ぜんぶじぶんでやろうとするのはよくないってそんなのはしょうがくせいのときからわかってるよ。けどそれだけを直そうとしたってしょうがないんだよな。「けっきょくだれもたすけてくれない」っていうスタンスが根底にねづよくはびこってるから、それでむりやり他人信じようとしたってできなくてあたりまえ。そうか。「こまったときはだれかがたすけてくれる」っていう経験がたらなくて、そういう経験をつめばいいのか。どうやって?
いまのわたしって客観的にみたらどうなってるんだろう。むかしのしりあいにおしえてほしい。