地震の前後


3/6 朝6:30、羽田空港発 フランスへ
3/9 フランスからイギリスへ
3/11 朝8:05 帰国(予定)

帰国の朝、4:50にホテルからバスが出てヒースロー空港へ向かった。現地時間の6時、つまり日本の15時頃に友達からメールがきた。「地震きた。すごいのきた」
7:10頃からゲート前のスペースで飛行機に乗り込むのを待っていた。まだあまり人はいなくて、設置してある大きなモニターでBBCのニュースを流していた。そこでJAPAN Earthquakeの惨事について流してた。そこにいた人たちは映像が黄土色すぎてはじめそれが日本だとは気づいてなかった。え、これ日本?うそでしょ?なんのドキュメント?みたいな感じだった。
だんだん人が集まってきて、少しずつニュースに気づきはじめた。え、日本でなんかあったの?地震って…え?今から帰るよ?東北?なにこれどうなってんの?え?こわいこわいこわい、っていう雰囲気がじょじょに伝わりはじめてた。
なんかあったんですか?って聞いてくる人とかもいて、海外でケータイ使える人が分かる情報を教えてあげたりしてた。
ていうかそうだ飛行機、飛行機とぶの?ってなって、だけど時間になってもゲート開かなくてずっと待ちぼうけしてたら、なんかゲート開いて、え、乗れるの?っておもったけど誘導されるままに乗り込んだ。CAさん事態に動じずにニコニコしてた。
でもシート座って荷物直して準備したけど飛行機とばない。1時間たって完全に不安になってるころ、機長とCAさんからものすごい速さの英語でなにかを説明された。わからなかった日本人乗客が困っていたら日本語が聞こえてきて、「この飛行機は欠航となりました。速やかに飛行機から降りてください。尚、明日いっぱいの日本への便も全便欠航となっています」と言われた。てっきり日本人のCAさんがいたのかとおもっていたらそれは乗り合わせていた日本人ツアーの添乗員さんが日本人を落ち着かせるためにわざわざ前に行って話してくれていたのだった。



空港に降ろされて、しかしわたしたち(移動部分だけ団体行動のツアー)に付いてくれた添乗員さんはもう帰ってるし、言葉もちゃっちゃと話せないし、ていうか泊まるところない、お金もないよ、カード使えるやつだったっけ?え、もうどうしたらいいの?つーか疲れた、日本はいまどうなってんの…。
っておろおろする。したらさっきの別のツアーの添乗員さんが、「日本人の方ー!」って集めて、これからまずどこへ行って何をしなきゃいけないか、簡潔に説明してくれた。ほんとありがたかった。


いつ帰れるかわからないけどとりあえず新しい便をとらなきゃいけないから、カスタマーセンターで日本人難民の長蛇の列に並ぶこと3時間。そのかん、個人で並んでる日本人を、「困ってたらうちのツアーに入れてあげるんで」ってしてあげてる人たちもいて、こんな時なのに日本人の助け合いに感動したりしてた。
おなじ学生ツアーにいた大学生の男の子と女の子が、こうして並んでてもらちがあかないからっていまいる同ツアーの人達のぶんを団体でとってくれた。
結局その日は飛行機なんか目処たってなくて、できたのはとりあえずその日泊まるホテルの手配だけだった。それだけでもありがたいことだけど。


次の日の朝6時くらいにまた空港いったけど、この日も飛ばなかった。再び延泊。


さらに翌日また空港に通い、やっと帰れることになった。
ロンドン市内では現地の語学学校にいってる日本人たちが募金をはじめてた。
空港で話し掛けてくる外国人が地震について胸を折ってくれた。




14日、日本に着く。すでに様々な二次災害が生まれている。見たことのない光景をたくさんみた。