甲殻機動隊

旅行行くまでに忘れずに書いときたかった攻殻

攻殻S.A.C.見てから、2ndG.I.G見てSSS見た。
あらためて、stand alone complexという言葉の深さを実感した。
以下きろくだけど見てないとつまんない駄文なので折り折り



個体(孤体)の集合によって織り成される複合なんだ、われわれは、社会は、この世界に存在するものは全部

どこまでいっても混じり合うことのない個の壁を乗り越えるには、オリジナリティーをなくし、つまり個別の肉体を捨て存在を限りなく情報化することによってひとつの複合概念となることが理想的だ。

しかしそれは有機物として肉体に霊長性を宿す人間にとって難しいことである

一方、個の壁を超えられない人間に比べて、人工知能であるタチコマは命を持たず常に並列化(同期)して他者と情報を共有しあっている


タチコマたちは、オリジナリティーのない単なる情報の集合の中から個は生み出されることができるのかという命題を背負っているわけだ


ネタバレするけど2ndG.I.G.の「憂国の帰還」でタチコマがやること、あのシーンでタチコマが「ぼーくらはみんな いーきてーいるー♪」ってにこにこ歌ってたのが辛い、そういう手法辛すぎる

あれはゴーストが宿ってるよ。

人工知能に精神が宿らないとしよう。だけどタチコマがああいうふうに個性をもって、
「今回は、少佐の命令を無視しようと思うんだ」「そんなのできないできない!!」とか
「あの衛星を撃ち落とせば、ぼくらも死んじゃうことになるね…」とかいう、まるで心をもってるかのように話せてしまう仕組みは、精神がないとされる(コンピュータのように分析可能な)システムによって生まれていることになる。
人工知能に精神が宿らない」という前提において、
精神がないにも関わらず感情的にみえる行動をとることが可能ということになる。


このことと、どうして人間を別物と考えるかが、わたしにはわからないんだ、

人間機械論に近いけど、なんかちがう。
もっと根本的に分け方がちがうきがする。
霊長性は認めよう。
しかしなぜ人間をスピリチュアルな精神性をもつ特別な存在と考えるのか。


そんな卒論を書きました…。




そんなことはどうでもいいからはやく攻殻3Dと攻殻カフェいきたい!