℃-uteかわいいよ℃-ute

ドタバタしててもラビラビラビラビ
めちゃくちゃしたいのラッビッドュー(^-^)パーン!



いやーしかし℃-uteまっさらブルージーンズが可愛くて可愛くてもう!ちっさーー!!ちっさばっか見てるちっさ!けどこれは全体がいい!
なんていうか若さはじける元気ダンスのつもりなんだろうが
これは逆に性的というかこのサビ終わりのダンスはこの年齢でやっちゃいけないと思うんだ!
でもこの年齢でやるのがいちばん魅力的だと思うんだ!
てかこれ神ダンスばかか!!
おねえちゃんただのロリコンだからね!欲情しちゃうよごっくんはあはあ







以下は脳内整理>卒論
こころのつまらん恥ずかしい話っていうかただの記録なんで終了



さて、さっき新宿でこれ買った。

心はどこにあるのか (サイエンス・マスターズ)

心はどこにあるのか (サイエンス・マスターズ)

卒論の本。
このシリーズにこれがあって
セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ)

セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ)

これ読んだほうがいいんじゃないかと思った
論点が違うから読まないけど


心のありかや存在の有無について考えてきたけど
さいきんは前みたいにばかみたいに唯脳論ではなくなってきていて
すこしずつ変わってきてはいる。
前は魂的な、スピリチュアルで目には見えないココロというものが胡散臭くて信じられないので心という非物質的なものはありません、脳みそですと思っていたけど
脳みそについて学んだら決して大脳生理学は脳が何か言うとるよ!ってことを証明するのではないのであって
こういう行動をとるとき脳のこの辺が動いてます、スキ!とかキライ!ってときはこの辺が熱くなってます、みたいにあくまで実験の情報収集とそこからの想定の学問だったということを知り、盲目的に唯脳論を唱えるのはやめた。
さいきん思うのは、心というものを認めてもいいかもっておもう
理由があたまの中のカリウムだとかナトリウムだとかいった電解物質の移動にすぎないのであれ、スピリチュアルでふわふわした目に見えないものがなんかビビビッときてるのであれ、
なにかを感じるとか感情を抱くということが心の動きだと言うなら
確かに動くものはあるからそういうなら心はあるって言ってもいい
これものすごい進歩



セックスするとそういうことを実感するようになったんですよ
体温だとか触覚だとかによって頭ん中に快楽効果のある物質が流れ込んでるだけであっても
感情ってものが先行してあって好きって思うからできるのであっても、
色々な要素がいっしょになったら恐ろしいくらい好きっていう感情にひっぱられることがある
全部がわかった気になる

だから心は反応体だとおもうようになった
反応体としての心はたしかに存在してる
理由がどうこうじゃないのかもしれない
どこにあるかとかも大した問題じゃない
脳の中にあるけれども、それだけでは機能しなくて外部からの体験情報があって作動するもの
なのかなあ
身体性は大きな鍵だとおもう
言語が関わるということは言うまでもないので割愛したけど

そういうことを思いながらまずは上の本の要約をやっていきたいここ数日はそれ



つーわけで卒論にセックスがどうのこうのって学術的にはアリだと思うけどそれってやっぱり文才がものをいうわけでわたしが書いたらなに一人前に恥ずかしい稚拙コラム書いてんのってなるとおもうんだよねーー常考