まじめなゼミの話

くだらないうえに長くなってしまったよ。要約能力ほしい。

  • 23日

やっぱ学校行けてないけどBゼミから出た。
したらこんな状態のときに発表回ってきて、声震えてたの隠しながらなんとか発表。したら批判批評ぶっ飛んできて、それは真面目にやったからこそもらえる有難い反応なんだけど、勝手に場が白熱して激論みたいになり、わたし疲れたもう。疲れちゃったよ。テキストから離れて自論展開せざるをえなくなってしまったけど、他者の確信が可能になる唯一の方法を提示して、君がここにいる、わたしも一緒にここにいることをどうやったら確信できるかについて考えをぶつけて、リアリティに一石を投じたつもりだ。つもりだけど。受け取ってもらえたかわからずしゅんとして退場。どうしたらこれは夢じゃないといえるのかな。誰か教えて。信じたいだろ。手に手をとって。わたしは信じてみたい。ほんとにいるなら教えてよ。

  • 24日

久しぶりに全授業受けれる。
就活ガイダンス行く。
帰りにタワレコよって、

三文ゴシップ

三文ゴシップ

を受け取り、写真集を友達と見て鼻血吹いた。

加爾基 精液 栗ノ花』は、私に純度を全うして27くらいで死んで欲しいっていう人にご用意したヴァーチャルなストーリーだったんじゃないかしら。

ああまさにその通り、わたしもこの人に死んでほしいと思ってたわ。夭折伝説がほしいとかそうゆう意味じゃなくて神様すぎて。授業中に制服の内ポケットに隠してた古いMDから宗教とかポルターガイストとか聴いて、雲が遠いわあ、とか窓の外見ながら、ジョン・レノンを撃った人の気持ちってこんなだったんかな、だとしたら分かるなあとか思ってたし、今でもどっかで思ってるのかも。神はいつか死ぬ。きらきらのままで死ぬ。
今から開けます。んがぁあ。耐え切れない。

  • 25日

Hゼミ行った後その流れで喫煙所にたまり、さっきのレポートどうだった、やっぱりここはこう表現するか迷った、でもそれで間違ってなかったよ、言葉のニュアンスむつかしいわとかいう話。学科の人、特に男の人に多いんだけど、すごく意欲的に取り組んでいるというか、好きで勉強している人たちとさいきん仲良くなり始め、すごく勉強になる。オートポイエーシスがどうとかゲシュテルがどうとか。理解しきれてないけど。
そういう人たちは体系的に考えるのが得意で、すごいなあと思う。わたしは目に見えないものは信じれないとか思ってる一方ですごく感覚的な、直感的なところの議論の方がしやすくて、なんだろ、結局女子かみたいな、あーバカがくやしいよ。
ほんで途中で鬼ころしとかのみはじめた。

帰りがけに、こないだのBゼミのめろうさんのレポートだけど、癒されたよなんかバンプ天体観測みたいだと思った、といわれ、そんな風に作ったつもりはなかったけどとりあえず言いたいことは伝わったのかなあ、と有難かった。
明るい記憶を思い出すときだけが生を実感できるんじゃなくて、暗い記憶を思い出してあーまたこのこと考えてるや、しんどーあほくせーってときでも、そうやってちゃんと過去に自分は生きてて、それを思い出してる今も生きてる、てことは確認できる。そのただ確認するということ、別にだからどうとかじゃなくて、それで十分だと思う。


でもね、話してて思ったんけど、議論してああわかった、と思っても、結局それは生きてる人や動いてる世界をただ、わたしの中に回収する作業にすぎないのであって。意味を分類して理解する、それが認識なのであって。
それはもうちょっとしんどい。
その喋ってた喫煙所からおっきな、青々茂った木が見えるんだけど、その木が風にさわさわ揺れて、まだ青い葉っぱとかが遠くの空に飛んでって、あ、浮いた、とかいうのを見てる、それだけでいいな、と思った。鬼ころし飲みながら。意味とかは考えなくてもいい。全てのことに意味を与えようとしすぎてる気がする。白痴的な認識でもいい。いくら考えても世界は変わらないわけで。ならその変わらない世界がたんにそこにある、そのたんにそこにある事の尊さ、もしわたしがそれに気付けてなくても、これが夢でもなんでも、生きてても死んでても、わたしに影響してくる何ものかをわたしが排除したとしても、わたしの外で何ものかがいる、それで十分だと思うな、わたしは、と今日は思った。酔ってたんかね。

そいでまさかさっきまで清酒飲んでたとは思えないバイトっぷりをはっきして帰ってきました。
久しぶりに話す人の声は相変わらずきれいでそれもそれだけでひとつの世界だと思いました。ありがとう。