悪循環分析

あたしが誰かの助けを呼べないのは、あたしは大事にしたいものをすぐに捨てたいと思ってしまうから、助けを呼んだらそれは遅かれ早かれ大事な人になって、いつか捨てたくなるのが恐いから。
同じ罪悪感の匂いのする人は、息が吸えないとき安心する。安心はくれるけど、未来はくれない。でもその時は、未来なんかどうだってよくなってる。その時を生き延びるのに精一杯で。だから頼りたい。助けてくれるんじゃないかと期待してしまう。
でも、その人があたしを助けてくれた代わりに自分も助けてほしがっているのを嗅ぎ取ると、あたしは急にそれが出来なくなって、立ち尽くしてしまう。ふがいない思いをしている人を見るのはつらい。ふがいないあたしを認めるみたいで。さっさと立ち上がってくれないと困る。こんな行く宛のないやる瀬ない気持ちの存在を許す訳にはいかないんだ。

そんなふうに同族嫌悪にとり憑かれていて、けど嗅ぎ回ってるのはいつも自分の方だ。
切り捨てた時に相手が悲しい思いをするなら、最初から触れ合わなければいい。そんな、未来もない良くない方法で。
単純なんだ。責任の取れない方法は使おうとしちゃいけない。責任の取れる方法と、誰も責任を取らなくていい方法が他にあるんだ。それにだけ目を向けるべきだ。ちょっと息ができないくらいで、じたばた他人様に救いを求めるべきじゃない。
あたしはもっともっと、塗り固めなくちゃと思うんだ。剥がしてほしくない。